PEファンドが当事者となる案件で
活用がすすむ表明保証保険
より一層普及させることで日本企業
のM&Aをバックアップしたい

株式会社タイムマシーンアンダーライターズ
代表取締役CEO、弁護士  稲田行祐氏

これまで日本企業同士のM&Aにおいては、ほとんど表明保証保険は利用されてこなかった。しかし、近年、日系の大手損害保険会社が表明保証保険を販売しだし、特にPEファンドが当事者になるM&Aにおいて表明保証保険が使われだしている。
その背景には、タイムマシーンアンダーライターズ代表取締役CEO、弁護士の稲田行祐氏の存在があった。2020年に本邦初の表明保証保険の専門書である『表明保証保険の実務』(金融財政事情研究会)を出版し、第一人者として普及につとめる稲田氏に、メリットや活用状況などについて伺った。

表明保証保険はなぜ必要なのか
どのように利用されているのか

――表明保証保険とはどういうものですか。

表明保証保険は、株式譲渡契約書中に規定される売主の表明保証について違反があった場合に、その違反により買主または売主が被る損害を塡補する保険です。

表明保証とは、契約の一方当事者が相手方当事者に対して、特定の時点において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し保証するものです。
例えば、売主が対象会社の株式を保有していることや、対象会社は従業員に対する賃金をすべて支払っていること、対象会社は過去の法人税をすべて支払っていること等が表明保証の対象とされることが一般的です。

買主はデューデリジェンスを行ったとしても、対象会社に関するリスクや問題点の有無や程度を完璧には把握できません。そこで、買主は自らのデューデリジェンスを補完するリスクヘッジとして、売主に対して表明保証を要求することが一般的です。

売主がこのような表明保証に違反した場合、買主を救済する手段としては、株式譲渡価格の減額、前提条件の不充足を理由とするクロージング拒否、株式譲渡契約の解除、金銭的な補償請求等が考えられますが、売主の表明保証違反はクロージング後に判明する場合が多いため、金銭的な補償請求を選択せざるを得ないことが大半です。

そして、この補償請求の実効性を確保する手法として、株式譲渡価格の分割払い、株式譲渡価格の支払いについてエスクローの利用、売主関係者による保証取得が一般的でしたが、近年は表明保証保険を購入する事例が急激に増えています。

――表明保証保険は欧米でいつごろどのような案件で使われるようになり、どのように発展してきたのですか。

先ほど申し上げた買主の補償請求の実効性確保手段は、いずれも不十分な点があります。例えば、株式譲渡代金の分割払いやエスクローだと、一定期間が経過するまで売主は株式譲渡代金の全額を取得できないだけでなく、株式譲渡契約中の売主の補償責任も引き続き存在するため売主はクリーンエグジットが達成できません。なお、クリーンエグジットとは、補償責任を負わずに売却することです。

また、親会社等の関係者保証は常に取得できるわけではないし、当該関係者に保証資力があるかどうかも分かりません。

このように従来の買主の補償請求の実効性確保の手段はいずれも不十分な点があったため、30年ほど前に欧米で表明保証保険が開発されたといわれており、直近5年くらいでその利用が急増しています。

当初はPEファンドが対象会社を売却する際に、クリーンエグジットを目的として表明保証保険を利用し始めたのですが、その後、PEファンドや事業会社が対象会社を買収する際にも利用されるようになりました。

とはいえ、現在もPEファンドの売却案件において利用される割合が多く、例えば、欧米を中心として活動する大手法律事務所のLatham & Watkinsのロンドン事務所のレポート「W&I Insurance: Exclusions and Solutions for Private Equity」によると、2017~2019年に彼らが関与したM&A案件の240件のうち、35%の案件において表明保証保険が利用されており、特にPEファンドが売主となる場合は48%もの案件において表明保証保険が利用されているというデータがあります。

――PEファンドの売却案件においても、売主であるPEファンドではなく買主が表明保証保険を購入することが一般的とのことですが、その理由を教えてください。

表明保証保険には売主用と買主用の2種類あります。
表明保証保険が開発された当初は、PEファンドが対象会社を売却する際のクリーンエグジットを目的に表明保証保険が利用され、売主であるPEファンドが自ら表明保証保険を購入していました。このように売主が購入できる表明保証保険を売主用の表明保証保険といいます。

もっとも、売主用の表明保証保険はいわゆる賠償責任保険の形式をとることが多いため、売主の表明保証違反が判明した後、売主の補償責任が確定してはじめて売主が保険会社に保険金請求をすることになり、手続きが2段階になってしまいます。
また、売主は、株式譲渡契約中の自らの補償責任の範囲内でしか表明保証保険を購入できないため、売主の補償責任を0円または1円等の名目的な金額に設定し、買主の救済手段は表明保証保険に限定するいわゆるノン・リコース型が利用できません。
さらに、売主が表明保証違反あることを知りながら同違反を買主に開示しなかった場合、買主用では保険金支払いの対象になりますが、売主用では当然に免責となり保険金が支払われません。

そこで、現在は、保険金請求手続の簡便さ、補償範囲の柔軟さ・広さ等の理由から、実務上利用される表明保証保険の大半が、買主が表明保証保険を購入する買主用の表明保証保険になっています。そのため、売主であるPEファンドが表明保証保険を必要とする場合は、買主に表明保証保険を購入してもらう形になります。特に入札案件などでは売主が買主による表明保証保険の購入を取引の条件としていることが多く、これをステープル(staple)型といいます。

売主、買主それぞれのメリットや
検討するにあたっての留意点とは

――表明保証保険のメリットを具体的に教えてください。

売主にとっては、①クリーンエグジット、②交渉の円滑化というメリットがあります。

他方、買主としてのメリットは、主に①クロージング後における損害の確実・迅速な回収、②補償範囲の拡充、③交渉の円滑化、④売主との軋轢の回避、⑤魅力的な買収提案などがあります。

まず、①(クロージング後における損害の確実・迅速な回収)については、売主が個人であるため補償資力が不安な場合はもちろん、売主が海外にいるクロスボーダーM&Aの場合は、仮に表明保証違反があってもその損害を回収するために時間とコストが膨大にかかる恐れがあるためメリットが大きいです。

次に、②(補償範囲の拡充)については、売主が主張する補償責任の範囲・期間では買主のリスクマネジメントとして不十分な場合に、その不十分な範囲・期間を表明保証保険でカバーすることができます。その結果、③売主との間の補償責任の範囲・期間に関する交渉が円滑に進むことが期待できます。このように表明保証保険は、損害をてん補するという損害保険の本来的機能に加え、交渉を円滑に進める機能も有しています。

④(売主との軋轢の回避)については、M&Aの後も引き続き買主と売主の間で取引関係等が継続する場合や売主が対象会社に残る場合がありますが、こういった状況においては、後日、売主の表明保証違反が判明したからといって、直ちに買主から売主に補償請求することは現実的に難しいことが多いと思います。これに対して、表明保証保険を購入していれば、売主の表明保証違反が判明した場合は端的に損害保険会社に保険金を請求するだけなので、売主との関係を悪化させずに損害を回復することが可能になります。

最後に、⑤(魅力的な買収提案)については、特に入札案件などで、売主がクリーンエグジットできるように買主が自主的に表明保証保険を手配しておくことで、他の入札者との差別化アピールになります。

――表明保証保険の保険料はいくらぐらいでしょうか。

保険料は、Enterprise Value(企業価値)、支払限度額(保険金が支払われる上限額)、免責金額、対象となる表明保証の内容、業種等の様々な要素から算出されるのですが、国内M&Aの表明保証保険については、支払限度額に対して約2〜3%程度の金額になることが多いです。

もっとも、保険料以外にアンダーライティング・フィーがかかる場合があることに留意する必要があります。これは損害保険会社によるアンダーライティングに必要な費用の一部を保険購入希望者に負担させるものですが、その額は損害保険会社により異なります。
クロスボーダーM&Aでは300〜500万円程度、国内M&Aでも同様の金額を要求される場合もありますが、保険料の支払いに充当する場合や、一定の要件さえ満たせば一切要求しない例もあります。

――保険料は誰が払うのでしょうか。

表明保証保険の購入者が保険料を損害保険会社に対して支払うので、買主用の表明保証保険においては、一般的には買主が保険料を支払います。もっとも、売主が買主に保険を購入してもらう場合は、株式譲渡代金額から保険料相当額を減額する形で実質的には売主が全部または一部の保険料を負担することがあります。

――表明保証保険を検討するにあたっての留意点を教えてください。

まず、表明保証保険のメリットのうち、何が一番必要なメリットかを考えることが重要です。
例えば、PEファンドによる売却案件であればクリーンエグジットが一番必要なメリットになることが多いと思いますが、その場合はディールの初期段階から表明保証保険も組み込んだスキームにする必要があります。
具体的には、入札案件、相対(あいたい)案件にかかわらず、買主による表明保証保険の購入がマストであることを、ディールの当初から買主候補者に示す必要がありますし、また、保険でカバーされる範囲をある程度確認した上で株式譲渡契約中の補償責任の範囲・期間等をドラフトする必要があります。

また、表明保証保険の購入手続には、仮見積の取得から確定見積の取得までに約3〜4週間くらい必要になることが多いので、株式譲渡契約のサイニング日から逆算してスケジュールを組む必要があります。

このように表明保証保険の検討にあたっては専門的かつ多くの作業が発生するので、売主または買主は、ディールの初期段階から弊社のような保険代理店や保険ブローカーを起用するのが一般的です。保険代理店等を上手く使いこなして、売主または買主の方々はディールに集中していただければと思います。

有効なリスクマネジメント手法として
ファンドでの活用が増えている

――ファンドが表明保証保険を利用する具体的なイメージを教えてください。

PEファンドの売却案件ではディールの初期段階から表明保証保険も組み込んだスキームにするため、入札案件、相対案件にかかわらず、買主による表明保証保険の購入がマストであることを、ディールの当初から買主候補者に示すことが多くなっています。

表明保証保険の仮見積自体は入札参加者で取得することが多いですが、PEファンドの方で仮見積まで取得し、ある買主候補が独占交渉権を取得した段階で保険の購入手続きが売主から買主にバトンタッチされ、当該買主候補が確定見積の取得手続を進めて、最終的に表明保証保険を購入するステープル型も国内M&Aにおいても少しずつ増えてきました。

なお、海外では、株式譲渡契約中の売主の補償責任を0円または1円等の名目的な金額に設定し、買主による救済手段を表明保証保険に限定するいわゆるノン・リコース型の利用が増えているのですが、PEファンドによる国内M&Aではそこまで検討する例はまだ限られているという印象です。

一方で、PEファンドが買収する案件では、特定の表明保証に関してのみ表明保証保険を購入する場合もあります。
例えば、対象会社の財務や税務についてはそれほど気にしていないが、売主が対象会社の株式を保有しているかどうかについては一抹の不安がある場合、株式に関する表明保証を含めたいわゆる基本的表明保証についてのみ表明保証保険を購入する場合があります。

特に、設立後かなりの期間が経過している中小企業の事業承継案件では、設立以降の株式に関する書類が作成・保管されていないことが多いので、デューデリジェンスを実施しても、個人オーナーが本当に対象会社の株式を100%保有しているかどうか不安が残ります。そういった場合に株式に関する表明保証を含めたいわゆる基本的表明保証についてのみ表明保証保険を購入する例も増えています。

――日本での表明保証保険の利用状況を教えてください。

残念ながら統計データは存在しないのですが、日本企業が外国企業を買収するクロスボーダーM&Aにおいては、2015年以降、表明保証保険の利用が年々増加し、全件数のうち約10%くらいで表明保証保険が利用されているだろうと推測します。

国内企業同士のM&Aについては、日本の損害保険会社には表明保証保険のアンダーライターが存在せず、リスク評価のほぼすべてを海外の損害保険会社に委ねていたため、保険引受審査にあたり株式譲渡契約書やDDレポート等の英訳が求められていました。その結果、国内M&Aについては、まったくといっていいほど表明保証保険が利用されていませんでした。

もっとも、2020年に、弊社がコンサルティングをさせていただいた東京海上日動火災保険株式会社により、保険引受審査にあたって株式譲渡契約書やDDレポート等の英訳を一切不要とする国内M&A向けの表明保証保険がリリースされました。さらに、同じく弊社がコンサルティングをさせていただいた三井住友海上火災保険株式会社からも同様の商品がリリースされ、国内M&Aにおいてもその認知度は急速に向上しています。

とはいえ、「表明保証保険の名前は聞いたことはあるけど、具体的内容についてはよく知らない」という方々もまだまだ多いのも事実です。そのため、損害保険会社や弊社のような保険代理店等は、表明保証保険の具体的内容、メリット及び活用方法等について、正確に、かつ分かりやすい形でもっとアピールして行く必要があると考えています。

――表明保証保険の活用に関して、ファンド関係者に対して望むことや何かメッセージがあればお願いします。

これまで申し上げたことからもわかるとおり、表明保証保険は表明保証違反リスクに関する買主及び売主の双方にとって、極めて有効なリスクマネジメント手法です。そして、欧米ではPEファンドが当事者となる案件の大半において表明保証保険が利用されているのに、日本だけで利用されない合理的理由はありません。
ぜひ、表明保証保険を活用してディールを円滑に進め、また、ディール後のクリーンエグジットを実現していただければと思っています。

保険の面白さにとりつかれ
いつしか表明保証保険の伝道師に

――稲田さんはどのような経緯で、保険あるいは表明保証保険にたずさわるようになったのですか。

大学入学当初は、将来は映画監督になることを目指し自主映画などを作成していたのですが、途中から方向性を変えて、法曹の道に進むことに決めました。弁護士資格を取得した後、最初に入所したのは独占禁止法等の経済法を専門とするブティック系の法律事務所だったのですが、ひょんなことから金融庁監督局保険課に出向することになりました。その時点では、保険についてまったく関心はなかったのですが、金融庁で働くにつれ、保険・再保険ビジネスの面白さにとりつかれてしまいました。

2年間の金融庁への出向後は、別の法律事務所に移り、保険・再保険やM&A等をメインとする弁護士として活動していました。その間にロイズ・オブ・ロンドンで当時最大のシンジケートを運営していた損害保険会社に1年間出向し、ロイズの雰囲気だけでなく、アンダーライティングや保険金支払いに関する法律実務を学ぶことができたのはとても有意義でした。

元々、将来は保険・再保険に関連したビジネスを立ち上げたいという希望があったので、法律事務所でパートナーになってから1年程度で弁護士としてのキャリアは一旦中断し、楽天生命保険株式会社(楽天株式会社を兼務)に入社し、経営戦略、損害保険会社や少額短期保険会社の買収、及び保険持株会社の設立等を担当しました。
その後は、損害保険会社と保険持株会社の執行役員として、社長室、M&A及び新規事業開発等を主な担当としていましたが、その一環として自らのバックグラウンドを生かして表明保証保険ビジネスを立ち上げ、海外の会社と提携した上で、チーフアンダーライターとしてアンダーライティングを行うようになりました。これが私と表明保証保険の出会いになります。

もっとも、国内M&Aにおいても表明保証保険を普及させることにより、日本企業のM&Aをバックアップしたい気持ちが日に日に強くなったので、2019年の秋に退職させていただき、一人で起業しました。

それからは複数の損害保険会社を回って、国内M&Aにおいても表明保証保険ビジネスを始めませんかとお願いし続けました。門前払いを受けることもありましたが、幸いなことに東京海上日動火災保険株式会社と提携することができ、2020年1月には、保険引受審査にあたって株式譲渡契約書やDDレポート等の英訳を一切不要とする国内M&A向けの表明保証保険をリリースすることができました。

――タイムマシーンアンダーライターズという社名の由来を教えてください。

弊社の業務は、表明保証保険に関する保険代理店業務がメインですが、損害保険会社に対して同保険の設計・商品開発等のコンサルティングもしていることもあり、損害保険会社によるアンダーライティングにも相当程度関与しているのが一般の保険代理店と大きく異なります。これにより、クライアントの意向をダイレクトに損害保険会社のアンダーライティングに反映させることができるため、広く、かつ柔軟な補償範囲をクライアントに提供することが可能になると考えています。このように保険会社のアンダーライティングに相当程度関与するため「アンダーライターズ」と名乗っています。

また、保険のアンダーライティングは、手元にある統計情報や想像力を使って、将来そのリスクが顕在化するか、顕在化した場合にどの程度の損害が発生するかという可能性を評価する仕事なのですが、まるでタイムマシーンに乗って未来に行って何が起こるか見てきたようなアンダーライティングをしたい、という想いを込めて、アンダーライターズの前に「タイムマシーン」とつけました。

変わった名前なので、電話口や会社窓口で自己紹介をするときは「怪しい会社と誤解されているな」と感じることが頻繁にあります。もっと無難な名前にしておいた方が良かったかも知れません(笑)。

――今後、稲田さんはどのようなことを目指されていくのですか。

少し大袈裟ですが、人類が新たな一歩を踏み出す際には必ず未知のリスクがつきまといます。そのリスクを無視するのは単なる無謀であり、新たな一歩に伴うリスクを把握し、それを上手くコントロールしなければなりません。

私は、M&Aにより新たな一歩を踏み出すことを考えている方々のために、表明保証違反に関するリスクを把握し、適切にコントロールするサービスを提供することを通じて、日本企業のM&A、ひいては日本社会に少しでも貢献できればと思っています。

(インタビュー日時:2021年3月18日)

株式会社タイムマシーンアンダーライターズ
代表取締役CEO、弁護士  稲田行祐氏

2007年に弁護士登録後、日比谷総合法律事務所、金融庁監督局保険課(課長補佐)、Catlin Holdings(現AXA XL)、弁護士法人中央総合法律事務所(パートナー)等を経て、2019年9月まで楽天損害保険株式会社(社長室担当上席執行役員、表明保証保険チーフアンダーライター)及び楽天インシュアランスホールディングス株式会社(M&A・当局対応等担当執行役員)に勤務。

主要著作として『表明保証保険の実務ーM&Aにおける新しいリスクマネジメント手法』(金融財政事情研究会)、『保険業法の読み方』(保険毎日新聞社)等多数。

早稲田大学(政治経済学部)及び南カリフォルニア大学(LL.M)卒。